【寓話で学ぶコンプライアンス】シリーズとは?
森の仲間たちが経営する「モリモリ商会」を舞台に、フクロウ監査役と共に“会社の気になること”を考えていくシリーズです。コンプライアンスの知識を、物語のようにやさしく学べる内容です。
――この森の奥で、モリモリ商会が創業したのは、もう10年も前のこと。
今日もフクロウ監査役が、会社のあちこちで起こる“気になること”を見つけては、そっと耳をすませています。
ある春の日の午後。
営業部のタヌキ課長は、契約書の束を手に、しょんぼりとため息をついていました。

……どうされたんですか?
声をかけたのは、新入社員のヒツジくんです。



……いやね、キツネ社長から“この契約書、なかったことにしてくれない?”って言われちゃってさ



なかったこと……ですか?
ヒツジくんの目が丸くなります。



どうやら、取引先との条件を変えたいらしいんだけど……
もう書類は交わしちゃってるし、相手だって納得してない。
でも“社長命令”って言われると、つい、ね……
キツネ社長は、言葉巧みで人気者。
森の仲間たちの信頼も厚く、笑顔でみんなをまとめるカリスマです。
けれど、時おりこんなふうに、
「うまくやっておいてよ」
「書類なんてあとでどうにでもなるでしょ?」
と、軽く言ってしまうことがあるのです。
その夜、フクロウ監査役はそっとつぶやきました。



“お願いごと”と“圧力”の境界は、案外あいまいなのだ。
力のある者ほど、言葉を選ばねばならない。
それが、組織における“信頼”を守る第一歩なのだから
そして数日後。
タヌキ課長は、もう一度キツネ社長のところへ行き、こう言いました。



社長、お気持ちはわかりますが、この件は正式な稟議を経て再協議しましょう。
あとで“見なかったこと”にするのは、やっぱり難しいです
社長はしばらく黙ったあと、



……うん、そうだね
とだけ言って、静かに頷いたのでした。
“お願いごと”と“圧力”の境界は、どこにあるか?
経営トップの一言が、法令や契約手続きを歪めるリスクを孕む――
この寓話が描いているのは、まさにその“ねじれ”の構造です。
現場では「社長から頼まれたから」と、正式なルールを後回しにしてしまうケースが後を絶ちません。
たとえ軽い言い回しでも、地位や権限のある者の言葉は、周囲に“忖度”や“自己検閲”を生み出す力を持ちます。
この問題の本質は、“明示的な命令”ではなく、
「断れない空気」が組織にしみついてしまっていることにあります。
特にベンチャー企業やオーナー色の強い会社では、
「社長の鶴の一声」で物事が動く体質が美徳とされがちです。
しかしそれは、ルールやガバナンスを“越えてもよいもの”と見なす文化を醸成する危うさと表裏一体です。
監査役や取締役が意識すべきは、
“言ったかどうか”よりも、“周囲がどう受け取ったか”。
権限のある者ほど、手続きや法令の順守において模範を示す必要があります。
そして現場の声が圧殺されないように、
「断ってもよい」「疑問を挟んでもよい」心理的安全性を、日頃から組織に育むことこそが、
真のガバナンスの第一歩なのです。



