【寓話で学ぶガバナンス】シリーズとは?
森の仲間たちが経営する「モリモリ商会」を舞台に、フクロウ監査役と共に“会社の気になること”を考えていくシリーズです。ガバナンスの知識を、物語のようにやさしく学べる内容です。
――この森の奥で、モリモリ商会が創業したのは、もう10年も前のこと。
今日もフクロウ監査役が、会社のあちこちで起こる“気になること”を見つけては、そっと耳をすませています。

それでは、次の議題に入ります。“物流拠点の再編”について、資料の通りということで。
カメ副社長の声にあわせて、会議室に資料が配られた。
その紙には、すでに“了承済”とでも言いたげなまとめ方で、メリットやスケジュールが整然と書かれていた。
補足資料も添付されており、関係者のコメントまで丁寧に抜粋されている。



よくまとまってるな



もう関係部門とも話がついてるのかな?
リス取締役がそう尋ねようとしたが、隣のハリネズミ部長が小さくうなずいた。



はい、主要部署とはすでに調整済みです。物流・経理・総務、みな了承済みで進められます



……では異論なければ、資料通りとします
キツネ社長の声で、議題はあっという間に“終了”した。



……これって、本当に会議なんだろうか?
リス取締役は少し居心地の悪さを覚えながら、資料をじっと見つめた。
すでに答えが決まっている議案に、誰が何を言えるというのか。
その帰り道、リスはフクロウ監査役と並んで歩きながら、ぽつりとつぶやいた。



……なんだか、“確認だけの会議”になってませんか?
資料が完璧すぎて、もう否定できない空気ができていた気がして……
フクロウは歩みを止めた。



“整いすぎた資料”には注意が必要だよ。
本来、取締役会は“決める場”であって、“確認するだけの場”ではない。



でも、もう現場とは調整済みなんですよね……? それに、反対したら“空気を読まない”と思われそうで……



たしかに、事前調整は大切だ。けれど、それが“本音を封じる理由”になっては本末転倒だろう?
翌週の会議でも、また同じようにハリネズミ部長が資料を用意していた。
そこには“ほぼ確定”と見られる結論が、あたかも自然にたどり着いたように書かれていた。
その夜、フクロウ監査役はひとり、議事録を見直していた。
どの案件にも“異論なし”“資料通り承認”とだけ記されている。
そこには、誰がどのように考え、何を問うたのかという記録は、ひとつもなかった。
フクロウは静かにペンを取り、メモにこう記した。



議案が“通ること”よりも、“考えられたこと”を残すべきなのだ。
■ “整いすぎた資料”が会議を黙らせる
本来、取締役会や経営会議は、意見を交わし意思決定の質を高める場です。
しかし、あらかじめ結論を前提に作られた資料や、すでに現場調整が済んでいる前提の説明がなされると、議論の余地が感じられず、会議が“確認の儀式”に変質してしまうことがあります。
■ 事前調整は“準備”であって、“決定”ではない
関係部門との事前すり合わせは重要ですが、それが議論を封じる材料や“既成事実化”の手段になってしまっては本末転倒です。
会議前に根回しが済んでいることで、他の取締役が発言しづらくなる構造があるなら、それはガバナンス上のリスクといえます。
■ 会議体の“骨抜き化”を見逃すな
・全議案が“資料通り”で終了していないか
・反対や保留の声が出にくい空気になっていないか
・“誰がどう考えたか”という記録が残っているか
こうした観点から、監査役や社外役員は会議体の健全性を継続的にモニタリングする必要があります。
「事前調整の徹底」も、「会議での議論」も、どちらかが欠ければ意思決定は偏ります。



